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高原へいらっしゃい その1
GW中、ここはどうしてもいっとかなきゃ!というトコロがありまして・・・。
5月3日に行ってまいりました、「八ヶ岳高原ヒュッテ」。

TBSで数年前に、佐藤浩市主演の「高原にいらっしゃい」のドラマを放送していたのは知っていました。
でも、そのホテルが実在して、しかも八ヶ岳の北側にあるとは、知りませんでした。
着いてまずはここでひとつ、「ヒュッテしてこれがヒュッテ?」
主人は幼少の頃に、田宮二郎主演の初代「高原にいらっしゃい」を、観ていたそうです。
私は主人と年代が違うから(!?)知りませんでした〜。
特に、小室等さんの歌う主題歌「お早うの朝」の曲と映像が記憶に残り、高原の原風景となっているそう。
そのドラマの舞台である、「八ヶ岳高原ホテル」が見れる機会がGWとお盆のオンシーズンのときというわけです。
着いてみて、ドラマのうっすらした記憶がぱっとよみがえりました。チューダー調の「高原にふさわしい」美しい建物です。
中に入ると、左手にドラマの資料室があり初代のドラマのビデオが流れていました。そして、訪れた人たちの手書きのメッセージ帳が何冊も何冊もおかれていて、ホテルの雰囲気を実感したいという一心でこんなに沢山の人たちがやってきたんだ・・・と正直驚きました。

資料室。机においてあるのが気が遠くなるほど沢山のメッセージ帳。
階段を上って気づいたのは、手すりのところに木彫りのクマが施されていたこと。
まさに、北海道のお土産のような(あの鮭をくわえた)木彫りのクマなのです。


なぜかクマが気になってしまい、資料室に戻ってもう一度説明文を読んでみますと・・・。
そもそもこの建物は、尾張徳川家の義親公が、東京目白に所有していた自邸を昭和43年に移築したもの。義親公は明治時代に入って、自らの家臣や旧自領地の農民が食べるのに窮したため、北海道への開拓を勧めた。しかし、厳しい北海道の環境で、開拓にいった農民や、原住のアイヌ民族の人々が苦しい生活を強いられているのを目の当たりにした。そんな時、偶然目にしたスイスの土産物をヒントに、クマの木彫りを冬期の副業として提案したのがきっかけでクマの木彫りが名産品となって現在に至っているそう。
資料館の記事には、「この建物の木彫りのクマは尾張徳川家の由緒正しいものであり、北海道土産の原点といえる」と書かれていました。
なるほど、それでクマが階段の親柱に鎮座しているわけなのですね。
それにしても、この建物は、外からも中からも魅力にあふれています。
中庭というのでしょうか、採光のためかせまーい空間があり空が部屋から見えます。下を見るとまだ雪が残っていて、この土地の自然の厳しさを思い知らされます。
そして、中庭から見える屋根だけ、補修されず原型の素材そのままだったようなのですが、なんと、薄い石を重ねて屋根を葺いています。最初は石と思えなかったんですが、よく見たら石!


またひとつ、魅力ある建物を発見し、上機嫌になる夫婦二人でした。
どうか、建物が朽ちたりしないよう有効に機能を発揮・維持させて、ずーっと残していただきたいです。
5月3日に行ってまいりました、「八ヶ岳高原ヒュッテ」。

TBSで数年前に、佐藤浩市主演の「高原にいらっしゃい」のドラマを放送していたのは知っていました。
でも、そのホテルが実在して、しかも八ヶ岳の北側にあるとは、知りませんでした。
着いてまずはここでひとつ、「ヒュッテしてこれがヒュッテ?」
主人は幼少の頃に、田宮二郎主演の初代「高原にいらっしゃい」を、観ていたそうです。
私は主人と年代が違うから(!?)知りませんでした〜。
特に、小室等さんの歌う主題歌「お早うの朝」の曲と映像が記憶に残り、高原の原風景となっているそう。
そのドラマの舞台である、「八ヶ岳高原ホテル」が見れる機会がGWとお盆のオンシーズンのときというわけです。
着いてみて、ドラマのうっすらした記憶がぱっとよみがえりました。チューダー調の「高原にふさわしい」美しい建物です。
中に入ると、左手にドラマの資料室があり初代のドラマのビデオが流れていました。そして、訪れた人たちの手書きのメッセージ帳が何冊も何冊もおかれていて、ホテルの雰囲気を実感したいという一心でこんなに沢山の人たちがやってきたんだ・・・と正直驚きました。

資料室。机においてあるのが気が遠くなるほど沢山のメッセージ帳。
階段を上って気づいたのは、手すりのところに木彫りのクマが施されていたこと。
まさに、北海道のお土産のような(あの鮭をくわえた)木彫りのクマなのです。


なぜかクマが気になってしまい、資料室に戻ってもう一度説明文を読んでみますと・・・。
そもそもこの建物は、尾張徳川家の義親公が、東京目白に所有していた自邸を昭和43年に移築したもの。義親公は明治時代に入って、自らの家臣や旧自領地の農民が食べるのに窮したため、北海道への開拓を勧めた。しかし、厳しい北海道の環境で、開拓にいった農民や、原住のアイヌ民族の人々が苦しい生活を強いられているのを目の当たりにした。そんな時、偶然目にしたスイスの土産物をヒントに、クマの木彫りを冬期の副業として提案したのがきっかけでクマの木彫りが名産品となって現在に至っているそう。
資料館の記事には、「この建物の木彫りのクマは尾張徳川家の由緒正しいものであり、北海道土産の原点といえる」と書かれていました。
なるほど、それでクマが階段の親柱に鎮座しているわけなのですね。
それにしても、この建物は、外からも中からも魅力にあふれています。
中庭というのでしょうか、採光のためかせまーい空間があり空が部屋から見えます。下を見るとまだ雪が残っていて、この土地の自然の厳しさを思い知らされます。
そして、中庭から見える屋根だけ、補修されず原型の素材そのままだったようなのですが、なんと、薄い石を重ねて屋根を葺いています。最初は石と思えなかったんですが、よく見たら石!


またひとつ、魅力ある建物を発見し、上機嫌になる夫婦二人でした。
どうか、建物が朽ちたりしないよう有効に機能を発揮・維持させて、ずーっと残していただきたいです。
コメント
くま良いですね。
No title
森の工房さま
コメントありがとうございます。
木彫りっていいですよね。大きなものは仏様や観音様、小さなものは根付とか。飛騨ではいちいの木を使った一刀彫を彫る職人さんを見て、すごいな〜って。彫ってるのを眺めてみてました。高くて買えないし(笑)
手すりの親柱も、いろんなバリエーションがあったら楽しそう♪
でも、北海道のクマの木彫りはあれだけ「お土産化」しちゃってると買う気にはなれないですけど(笑)
コメントありがとうございます。
木彫りっていいですよね。大きなものは仏様や観音様、小さなものは根付とか。飛騨ではいちいの木を使った一刀彫を彫る職人さんを見て、すごいな〜って。彫ってるのを眺めてみてました。高くて買えないし(笑)
手すりの親柱も、いろんなバリエーションがあったら楽しそう♪
でも、北海道のクマの木彫りはあれだけ「お土産化」しちゃってると買う気にはなれないですけど(笑)
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あのクマの木彫りにそんなお話があったとは
良い話です。
手すりの親柱の上に彫刻を施すのは楽しそうですね。
いつかクラフト好きなお客様の家でやってみたいな
と思いました。
この建物も素敵ですね。
年月を増すほどに味わいが増す。
最近の輸入住宅では、こうは行かないですね。